【記事】リハビリのために始めた編み物が、人と人をつなぐアートに。ヤーンボミングでまちを彩る「シルク・ドゥ・フィル(糸のサーカス)」代表・高橋三千子さんインタビュー

編み物で公共の場所やオブジェを装飾するストリートアート・ヤーンボミング。中原平和公園で開催される“芸術と社会を繋ぐ”イベント「街ナカアート」で、カラフルな毛糸の作品を目にした方もいらっしゃるかもしれません。

それらを制作しているのが、中原区を拠点に活動する「シルク・ドゥ・フィル(糸のサーカス)」の皆さんです。自身の病をきっかけに、編み物を通して人と人をつなぐ活動を始めた「シルク・ドゥ・フィル」代表の高橋三千子さんに、活動に込めた想いを伺いました。

少女時代の経験が育んだ、何事にも挑戦する心

――「シルク・ドゥ・フィル」の活動について伺うにあたり、まずは高橋さんのバックボーンからお聞かせください。

高橋三千子(以下、高橋)さん:
生まれは北海道で、四国に引っ越す10歳までは親の言うことをよく聞く大人しい子でした。でも、引っ越しをきっかけに“作られた自分を打ち破るチャンスだ”と思って、意識的に性格を変えたの。それが大きなターニングポイントで、どんなことにも積極的になって、それまでは細くて大人しい字を書いていたのが、習字も紙からはみ出すくらい大きな字を書くようになったほどでした。

学校でいい先生に恵まれたことも大きかったわね。グループ討議をして話し合った内容を発表する授業では、正しいか間違っているかではなく、なぜそう思ったかを考えることが大切だと学びました。今思えばその時の経験が私の根っこになっているし、失敗を恐れない性格につながっているのかな。

――その姿勢は、社会に出てからも生かされたのではないですか?

高橋さん:
親のお金で教育を受け続けることに申し訳なさを感じていたから、高校卒業を機に家を出て自立したんだけど、そこからは、すべてが社会勉強。先輩も同僚も後輩も全員が自分にとって先生で、何でも学んでやろうって思ってた。

万が一の時に備えて強みを増やしたいと思い、歌舞伎町での皿洗いから始めて、魚もさばいたし、天ぷらも揚げたし、レジ打ち、ラッピングと色々な仕事をして。仕入れ値や売り値といったビジネスの仕組みも学びましたね。働いてお金をもらいながら専門技術を学べるなんて最高じゃない! って感覚でした。

仕事が完璧にできるようになったら、その職場は卒業。次の仕事に就くんです。生活のために働いてはいたけど、それ以上に、知らないことを経験できる喜びのほうが大きかったんです。  

 まるで絵本の中に紛れ込んだような雰囲気のアトリエで思い出を語る高橋さん

――そんな高橋さんが編み物と出会った経緯を教えてください。

高橋さん:
3つ年上の主人が50歳で亡くなったんだけど、それまでは自分のために時間を使うことを全部封印していたんです。主人が体を悪くしてからは、私が家計を支えないといけなくなって、子育てが終わるまでは娯楽に使うお金もなかったしね。電気が止まったこともありましたよ。娘たちとは「キャンプだね!」なんて言いながら、ロウソクを灯して楽しんでましたけど。生活は大変でも心だけは豊かでいようと思い、何があっても楽しむことを心掛けていました。

主人が亡くなったあとも、がむしゃらに働いていたんだけど、58歳の時に今度は自分が肺梗塞で倒れてしまって。その時にようやく、自分のために時間を使おうと決めたんです。仕事人間のまま人生を終わらせたくなかったし、娘たちに“好きなことができないまま亡くなった可哀想なお母さん”と思ってほしくなかったから。それからは堰(せき)を切ったように自分のために時間とお金をかけるようになったの。

でも性格上、自分だけが楽しむということができなくて。誰かのために技術を磨こうと思って、土、布、紙、糸などハンドメイドを一通り経験して、そこから少しずつ整理していったという感じね。

編み物だけでなく、羊毛フェルトも手がける高橋さん。今年は編み物以外にも力を入れたいそう

 ――その中で、編み物がいちばん楽しかったということでしょうか?

高橋さん:
実は、主人が病気になる前に編み物教室に通っていたことがあるんです。でも、それを思い出したのはつい最近のことだから、編み物が大好きで「シルク・ドゥ・フィル」を始めたわけではないのよ。

大きなきっかけは、コロナの流行と、5年前に患った癌でした。ほぼ寝たきりの状態で3か月過ごすと、どんどん筋力が落ちていって、ペットボトルの蓋すら開けられなくなったんです。手芸用のニッパーで蓋を開けたりしているうちに、握ったりつまんだりする手の動きがリハビリにピッタリだと気付いて、それで編み物をやってみよう、と。

その頃の私はバスに乗ってスーパーに行くこともできない状態で、歩いて行ける範囲でしか物事を楽しめなかった。その時に初めて孤独を実感したんです。それまではお金と時間さえあればどこへでも行って楽しめたのに、今は半径数メートルの中で生活している。病気や高齢で行動半径が狭まった人たちは、こんなにも寂しい思いをしているんだって気付きました。

コロナ禍もあって人と会わない生活に次第に慣れていったし、食品を買うのもネットスーパーを利用すれば不自由はないんだけど、人とおしゃべりする機会がないと人生が楽しくないと思って。だったらおしゃべりしながら何かに夢中になれる居場所を自分で作ればいいと思って始めたのが「シルク・ドゥ・フィル」でした。リハビリのために始めた編み物が、そこから人や社会とつながるツールに変わったんです。

リハビリのために始めた“かぎ針”編みが「シルク・ドゥ・フィル」を立ち上げるきっかけに

――一緒に活動する仲間は、どうやって集まったのでしょうか?

高橋さん:
地域の老人会の集まりのあと、おしゃべりをしたり歌を歌ったりして、皆さんがいつも何となく時間を過ごしている様子に気付いたから「みんなで編み物でもやってみない?」って提案したのが最初でした。

昔は、こたつ布団の上にかけるカバーが手編みだったり、毛糸のパンツをおばあちゃんやお母さんが編んでくれたりと、身の回りの物を手作りすることが多かったのよ。手仕事って今ではカルチャーとして楽しまれているけど、昔は生活の知恵として自然に行われていたの。だから、編み物を経験している女性はたくさんいるはずと思って、老人会の皆さんに昔を思い出してもらおうと思ったんです。

じゃあ何を編もうかなと考えた時に、好きな相手がいる年頃でもないし、“誰かのために”と押し付けがましいものを作るのも嫌だった。そこで思い付いたのが、10~15cm角のモチーフを編むというアイデアでした。

セーターを編むのはハードルが高くても、小さい四角や丸のモチーフ1枚なら気軽に作れるでしょ。自分が編んだ小さなモチーフが、ほかの人の作品とつながってヤーンボミングとしてまちを彩る。その喜びを皆さんに味わってほしいと思ったんです。

――「街ナカアート」での展示は、多くの人の心を動かしたそうですね。

高橋さん:
「シルク・ドゥ・フィル」が始まって半年後、「街ナカアート」を主催する横井さんとの出会いをきっかけに、中原平和公園に装飾として展示したのよね。理屈じゃなくて、カワイイとかキレイとか素敵って思ってもらえるだけで十分で、作品を見て喜んでくださる方がいれば、それで成功と思ってました。結果的に“ヤーンボミングって何?”と思っていた方たちからも良い反応をもらえて嬉しかったですね。

驚いたのが、「シルク・ドゥ・フィル」を知らない人にも編み物活動が広がっていったこと。公園で太極拳をやっていた人たちが私たちに感化されて、仲間同士で編み物を始めたそうです。「シルク・ドゥ・フィル」とは名乗らなくても、編み物活動が連鎖的に広がっていくのが面白いわよね。

「街ナカアート 2025」での装飾(制作:シルク・ドゥ・フィル新丸子)の様子(提供:シルク・ドゥ・フィル新丸子)

――若い人たちの間では、ひとり時間を楽しむ趣味として編み物がブームになっていますが、みんなで集まって編むということに特別な意味がありますね。

高橋さん:
「シルク・ドゥ・フィル」に参加してくださる方たちは、集まっておしゃべりができることと、編み物という楽しみができたことが嬉しいと言ってくれます。杖をついたり、カートを押しながらバスに乗って編みに来てくれるおばあちゃんもいるから、そういった方たちのためにも場を提供し続けなきゃと思って。

中には集まりには参加できないけれど、家で編んだものを届けてくれる方もいらっしゃいますよ。それもひとつの参加方法で、夢中になれることがあると人生は楽しいんだってことが皆さんから伝わってきます。自分のためにやっていた編み物が、地域に役立っていることを感じますね。

――「シルク・ドゥ・フィル」が、居場所づくりの役割も担っているのですね。

高橋さん:
昨年末の活動の時に編み物と一緒に野菜販売をしたんだけど、野菜を買いにきたついでに編み物に興味を持ってくれたおばあちゃんもいました。毛糸と針をお渡しして「お正月休みの間に練習しておいてね」って伝えたら「家でリハビリしてみるわ」ってニコニコしながら帰って行ったから、また会えるといいなと思って。

市のイベントでワークショップをした時は、若い男性も参加してくれたし、小学生の男の子が編み物に興味を持ってくれて、次のイベントに親子で来てくれたことも嬉しかった。お母さんが言うには、毛糸とかぎ針を買って家でも練習してるんですって。編み物でつながるということが実感できた嬉しい瞬間でした。

昨年11月に開催された「かわさきSDGsパートナーまつり」でのワークショップと、作品(制作:シルク・ドゥ・フィル新丸子)展示の様子
(写真右 提供:シルク・ドゥ・フィル新丸子)

 何度でもやり直せる編み物のように、これからも挑戦を続けていく

――現在、「シルク・ドゥ・フィル」は、中原区の井田、新丸子、下小田中の3つのグループがあるそうですね。

高橋さん:
活動の頻度などはそれぞれにお任せしています。ただ、編み物をコミュニケーションツールとしながら共同制作をする、という「シルク・ドゥ・フィル」の趣旨を理解した上で活動してもらうことだけは大切にしていますね。この取組に共感してくれる方とつながりながら、それぞれの地域の「居場所」として適した空間を小さな拠点にできるよう、活動の輪を広げているところです。

幅広い世代が毎週集う新丸子チームの活動(提供:シルク・ドゥ・フィル新丸子)

――「街ナカアート」で再び皆さんの作品が見られるのが楽しみです。高橋さんの中で、ヤーンボミングというストリートアートの魅力って何だと思いますか?

高橋さん:
作る側だけでなく、見る側も気軽に楽しめるところが魅力かな。ただ、海外ではアートとしてしっかり表現されたおしゃれなものが多くて、まちぐるみでヤーンボミングを行っているところもあるけど、日本のヤーンボミングってちょっと奥ゆかしすぎると思う。そこが海外とは全然違うところかもしれないわね。

だから、もっとたくさんの人に気軽にヤーンボミングを楽しんでもらうために、SNSで参加者を募るイベントができないかと考えています。“ニットの日”(2月10日)にかけて、2か10が付く日に集まってもらうとかね。普段は編み物に興味がない人にも、「この日だけは編んでみない?」って呼びかける。それが今風かなって思うの。そこで次の世代の人材も発掘できると嬉しいよね。

――次の世代に引き継ぐということも含めて、継続していく上での課題もありますか?

高橋さん:
編み物で繋がるということ自体が気楽だし、居場所づくりという意味でもとてもよい活動だけど、お金をかけずに続けられるかというと、それは難しいと思っています。これまでは助成金を活用してきたけど、来年度以降はどうしていくのか考えないといけないなって・・・。毛糸を寄付してくださる方もいるけど、色に偏りがあったり、集まりすぎると自宅が在庫で溢れてしまうという問題もありますしね。

ヤーンボミングで使用するモチーフだけでなく、アトリエには、ところ狭しとさまざまな作品が置かれている

――企業との連携なども模索されているのでしょうか?

高橋さん:
考える時期に入っていますね。例えば、ひとつの企業が5千円ずつ出してくだされば、20社で10万円でしょ? 広告宣伝費として考えると決して高くないと思うのよね。SDGs活動として企業と連携したり、商店街を活性化させるツールとして提案したり、制作したものを販売したり・・・。収益の仕組みをこれから考えていきたいと思っています。

あとは、家庭で眠っている毛糸を循環させる“ヤーンボックス”を街中に設置するのも面白いと思う。編み物ブームってことを考えると、高齢者だけでなく若い人にとっても編み物がコミュニケーションツールになるといいなと思うから、学生との連携にも挑戦したいわよね。

――モチーフを編み合わせることでひとつのアート作品ができ上がる様子は、編み物で人と人がつながって大きな輪を作り出す「シルク・ドゥ・フィル」の活動そのものですね。

高橋さん:
10歳の時に自分を変えようと決意したことも、さまざまな職業の経験も、病気の苦しみも、すべてが“今”につながっていると感じます。

編み物の良いところは、失敗しても糸をほどけばすぐにやり直せること。間違いは正せばいいし、何度も繰り返しチャレンジできる。人生も同じよね。私自身、転んでもタダでは起きない性格だから(笑)、まだまだこれからだと思って頑張りますよ。そのためには、企業や学校、行政との連携が活動の力になるので、たくさんの方とご一緒できることを願っています。

今後の目標として、高橋さんは「企業や学校、行政との連携を実現したい」と話す

【シルク・ドゥ・フィル(糸のサーカス)】
編み物を通じて人とつながるコミュニティ団体として、2024年に中原区で活動を開始。現在は、井田、新丸子、小田中の3拠点で活動を展開中。各チームで、共同の作品づくりに参加しながら気軽におしゃべりを楽しんだり、人と人がつながれるような心地よい居場所づくりを進めている。

【活動詳細】 
〈井 田〉
会場:アトリエhumuhumu(中原区井田1丁目18-12-D) 
活動日:毎月第2・第4月曜日 
メンバー:20人 
連絡先:090-8214-4048(高橋) 

〈新丸子〉
会場: Atelier Sistermoon(中原区丸子通2-675-12) 
活動日:毎週水曜日10時~18時 
メンバー:35人 
連絡先:044-733-5547(横井)

〈下小田中〉
会場:ツクイ武蔵中原地域交流スペース(中原区下小田中5-12-22) 
活動日:毎月第3金曜日 
メンバー:15人程度 
連絡先:044-777-2977(ツクイ武蔵中原) 

※小規模多機能居宅介護サービス事業所「ツクイ武蔵中原」の施設内の、地域に開放したスペースで活動。
編み物活動は、施設利用者の方に限らず誰でも参加可。

(取材日 2025年12月25日)
取材・文/佐藤季子 写真/矢部ひとみ

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