川崎市幸区にそびえる地上15階建ての校舎が目をひく川崎市立川崎総合科学高等学校では、未来のスペシャリストたちが、工業・科学を学んでいます。
中でもデザイナー・クリエイターを目指す生徒が在籍するデザイン科は、技術を磨くだけでなく、デザインを通して社会の課題と向き合い、解決する力を育んでいます。
今回は、卒業式を終えたばかりの3人と、彼女たちの担任である野田洋和先生をインタビュー。卒業に向けた課題研究の舞台裏から、3年間での成長、未来への展望まで、等身大の言葉で語ってくださいました。

写真左から順に、紺野丹音さん、山﨑芹亜さん、富安夏鈴 さん、野田洋和先生
——まずは課題研究について、それぞれどんな研究を行ったのか教えてください。
紺野 丹音(以下、紺野)さん:
私はもともと食べることが大好きなのもあって、その“好き”という気持ちを将来に繋げたいと思い、南武線沿線の飲食店をPRする企画を考えました。
具体的には、グッズやキービジュアルのデザインを考えて、パンフレットやアプリ、WEBサイトのデザインを行いましたね。
山﨑 芹亜(以下、山﨑)さん:
私は避難所不足という問題に注目して、防災公園を提案しました。
最初は、ただ公園を作りたい、遊具を作りたいっていう好奇心から始まったんですけど、子どもたちも含めて、色んな人に防災について知ってもらいたいという気持ちから、防災というキー ワードに辿り着きました。
普段遊んでいる遊具や広場がいざという時に避難所になる、そんな公園を作りたいと思ったんです。
富安 夏鈴(以下、富安)さん:
私は将来、グラフィックデザインの制作の仕事に就きたいと思っているんですけど、宣伝や広報も含め、イベントの企画そのものに興味があって。
だったら全部まとめて自分でやっちゃえば面白いかもっていう発想で、「夢見ヶ崎動物公園」で行うシールラリーのイベントを企画して、実際にイベントを開催しました。


南武線周辺の飲食店のPRとして、パンフレットやアプリ、WEBサイトなどを制作した紺野さん


避難所設備としての機能を有する遊具を盛り込み、防災公園を提案した山﨑さん


「夢見ヶ崎動物公園」で幼児向けのシールラリーを企画・運営した富安さん
——みなさん、自分の“好き”を突き詰めたんですね。
山﨑さん:
そうですね。作品にかける想いがみんな強すぎて、研究発表の場でもある作品展は、すごく刺激的でした。
——たとえば、どんな作品に刺激を受けましたか?
山﨑さん:私がすごいなって思ったのは、秦野市の木材を使った積み木です。地域とモノづくりをどう絡めるかというのが、みんなが悩むポイントだったんですけど、その土地の素材そのものを使うというアプローチがすごく新鮮でした。
富安さん:
私は、着ぐるみを作る研究が印象的でした。見た目も可愛いし、小さい子が注目するきっかけになるから、自分にはなかった発想で素敵なアイデアだなって思いました。
紺野さん:
私は小田原出身の子が作った、江の島を舞台にしたアニメーションに感動しました。
同級生とは思えないくらい、すごくて。作品展で初めてみんなの完成品を見たんですけど、あまりのクオリティーにびっくりしました。
——今回の作品は個人での制作とのことですが、普段から個々で進めることが多かったですか?
紺野さん: 先生からは「人と一緒にやらなくていいよ」って言われてました。みんな個性が強すぎて、人と作業するとケンカになるんですよ(笑)。
山﨑さん: 自分の個性を生かせるのは自分だけだしね。うちら、普段の授業でも揉めてたので (笑)。
野田 洋和(以下、野田)先生:
共同制作だと、どうしても合意形成が難しくて揉めてしまうんですよね。
表現って突き詰めるとぶつかるものだから、それも経験のひとつではあるんですけど、今回は卒業に向けた課題研究ということもあって、自分が何を学んできたのか、好きなものは何なのかを振り返って、それぞれが個々の集大成を表現するという作業でした。

個性豊かなデザイン科ですが、普段はとても仲良し。和気あいあいとした雰囲気の中、取材は進みました
——3人は制作中、どんなことを感じながら研究を進めていきました?
山﨑さん:
学校では空間デザインを学ぶ機会がなかったので、私の場合は結構手探りで、建築専門の先生に色々と教わりながら進めていきました。
一番こだわったのは、現地での調査です。山口県に有名な「メバル公園」という防災公園があると知って、自分で山口県防府市の市役所に連絡して取材に行きました。
工事現場を見せてもらったり、遊具の特徴を聞いたり、学ぶことがたくさんあって。そこで知ったことを踏まえて、川崎区の「渡田新町公園」(地区避難場所)を防災公園に見立てて制作したんです。
去年の5月から9月くらいまで週3~4回は公園に通って、公園の敷地模型を作るために、どんな人がこの公園を使っているのかを調査しましたし、川崎区役所に行って公園の歴史を聞いたり、 設計図を見せてもらったりもしました。
紺野さん:
私は、学校内の活動の経験が研究に生かせたなと思っています。
文化祭のパンフレット制作でリーダーを務めたり、校舎の1階と2階を繋ぐアーチを作ったりしたんですけど、その時に学んだ、“どうすれば見やすいか”とか、“どう視線を誘導するか”という点が、 今回の研究の展示に役立ちました。
富安さん:
私は「意匠探求同好会」(地方創生、地域貢献、活性化活動の手伝いを、デザインの思考・技術を用いて行う同好会)に入っているのですが、そこで鹿島田駅の装飾をしたり、地域と関わる活動をしてきたので、今回の研究も、小さい子が動物に興味を持つだけじゃなく、この地域や学校にも興味を持ってもらえたらなって思いながら進めていきました。


誰でも自由に見られるように、図書室内外には、それぞれの課題研究が展示されていました
——野田先生は、生徒さんたちの動きを、どう見守っていましたか?
野田先生:
この3人は行動力があるので、基本は「どうぞ、やってみて」という感じでしたよ。
“MY TOWN” と“SDGs”の関連付けというテーマだけを与えて、あとは生徒たちが自分で問いを立てて、自分で解決する。僕自身は、あえて一歩引いて、生徒の主体性を尊重することを意識しました。
もちろん行き詰まっていれば助けますけど、彼女たちのように自走できる子は背中を押すくらいで良いんですよ。成果よりもプロセスが大事だと思いますし、失敗することも含めて勉強ですから。良いデザインを作るためには、試行錯誤も必要なので。

3年間の集大成となる課題研究は、あえて一歩引いて見守ったという野田先生
——生徒の皆さんは、まさに試行錯誤しながら課題研究を終えたと思いますが、3人は、この学校での一番の学びや気付きって何だと思いますか?
山﨑さん:
私はもともと絵が好きでこの学校に入ったわけではないので、最初の頃は“ここでやっていけるのかな”って思うこともありました。
でも、2年生の時に立体作品を作るCGの授業があって、2次元だけじゃなくて3次元に起こすこともデザインなんだって気付いたんです。その時に、自分が得意なことが見つかって本当に嬉しかったのを覚えています。
紺野さん:
私は逆に、小さい頃からずっと絵を描くことが好きだったんですけど、それって自分の趣味の世界に没頭できるからだったんですね。でも、この学校に入って、誰かのために描く、誰かを喜ばせるという表現が絵にはあるんだってことに気付きました。
今回の研究でデザインしたキャラクターも“色んな人に向けて作る”という意識で作れたのが、自分の中での大きな変化です。
富安さん:
私も(紺野)丹音ちゃんに近いんですけど、私はすごくインドア派で人と関わることが少なかったのもあって、誰かのために絵を描くということが、これまでありませんでした。
でも、この学校に通って友達と話しながら作業したり、先生にアドバイスをもらったりする中で、誰かと一緒に作ったほうが、より良い作品になるって気付いたんです。
そうやってデザインをきっかけに自分の世界が広がったのが、一番の学びだなって思います。
——学校での学びを生かして、今後、川崎市で挑戦してみたいことはありますか?
紺野さん:
私はやっぱり南武線に思い入れがあるので、南武線を使ったスタンプラリーの企画ですね。
南武線って、川崎市を“にょ~ん”って横断してるじゃないですか。
山﨑さん:
“にょ~ん”って何!?
紺野さん:
(笑)。その“にょ~ん”をもっと盛り上げられるといいなと思います。
山﨑さん:
私は課題研究の延長になりますけど、みんなが利用しやすい公園を作りたいです。
今回、行政を訪ねてみて、予算面などを含め、都市環境計画の実現って難しいんだなと感じました。 私が研究した「渡田新町公園」も、ずっと噴水が壊れているんですよ。そういった現状がある中で、どんな人も楽しめて、落ち着けるような空間作りをしていきたいなと改めて思いました。
富安さん:
私は魚と野球が好きなので、今回の動物園の研究のように、水族館や野球に関係する企画を考えてみたいです。 魚と野球に興味がない人にも興味を持ってもらえるようなイベントを開催して、たくさんの人に笑顔になってもらえたら嬉しいなと思います。
野田先生:
SNSが当たり前にある時代に育った彼女たちの行動力は、自分が若かった頃と比べても、考えられないほどレベルが高いです。
昔はデザインもアナログがメインで、意識する相手もクライアント止まりでしたけど、今はSNS を使えば一瞬で世界に飛び出せる。県や国、世界といったふうに、メタ的な視点でデザインを意識することが求められることを考えると、すごい時代だな、と。
スペキュラティブ・デザイン(未来を憶測し、問いを創造するデザインの方法論)という言葉を生徒に教えているんですけど、デザインって綺麗なものを作るだけじゃなくて、今は“社会の課題を解決する手段”になっているんですよ。“こんなまちになったらいいよね”と、未来に対して問いが立てられるデザインが必要とされているんです。
それを彼女たちが、そのことを自然に捉えているのはすごいことだし、高校生のうちに、そういった意識を学ぶって大事だなと思いますね。
山﨑さん:
確かに、客観的な視点や多角的な考え方ができるようになったのは、この学校のおかげだよね。
ここで学んだからこそ、色々な視点で物事を捉えられるようになったと思うし、少しは大人になれたかなって。そう考えると、この学校ってすごい(笑)。
富安さん:
うん。学校の魅力がもっと広まればいいね。
紺野さん:
個性豊かで魅力的な先生ばかりだしね。

川崎市で実現したいことを伺うと、紺野さんは「南武線を使ったスタンプラリー」、山﨑さんは「誰でも利用しやすい 公園」、富安さんは「魚や野球に関連したイベント」と語ってくれました
——では最後に、3人それぞれに向けて先生からエールをお願いします。
紺野さん:
聞きたい!
山﨑さん:
激アツ!
野田先生:
言いづらいな…。まぁでも、せっかくなので(笑)。
まず紺野は、利他的な精神がすごく強いよね。“誰かのために”っていう精神とアーティスト性って本来は真逆なんだけど、紺野は生徒会もやっていたし、上手くバランスが取れていると思う。
自分の好きなことを大切にしながら、常に気持ちが外へ向いているのが最大の強みだから、これからもそこを生かして頑張ってほしい。
紺野さん: 頑張ります!
野田先生:
次に山﨑は、まず話が面白いっていうのと・・・。
山﨑さん:
ありがとうございます(笑)!
野田先生:
いい意味で“理系の脳”を持ってるところが、すごいと思う。クリエイティブの世界で制作を逆算して考えるのって実はすごく難しいんだけど、山﨑はそれができてる。
あとは、誰よりも凄まじい行動力。山口に行くだけじゃなくて、川崎市にも自分から連絡を取って物事を突き進める力は、社会に出たら最強の武器になるよ。
で、最後に富安は、何というか、人とは違う感性の利他を持っているよね。
例えば今回の研究で言うと、動物のイラストを仕上げる上で専門家から細かい修正が何度も入ったんだけど、それを “正しい形になっていくのが面白い”って喜べる素直さがある。
その感性ってすごく貴重で、彼女がいるだけで場が和むから、ギスギスしがちな制作現場で富安の存在は大きな救いになるはず。
紺野さん:
分かる! 夏鈴の前でギスギスしちゃいけないって思うもん。
山﨑さん:
そこにいるだけで場の空気が調和する感じがするよね。
富安さん:
えー! ありがとう(笑)。
野田先生:
自分発信のアートは“I”で終わるけど、デザインは“You”から始まって“People”に行き着くもの。
この3人はその思考がすでに備わっているから、そのままの個性で迷わず突き進んでほしいと思います。

【川崎市立川崎総合科学高等学校】
工業科の課程5科と、理数科の課程1科を併せ持つ高等学校。
各科での専門的な知識と技術の習得に加え、体験学習や課題研究を通して、判断力や実践力を高める教育を行っている。
また、自らの可能性を高め挑戦し続けるとともに、多様な他者と協力・協働しながら、時代の変化に主体的に対応し、社会を形成できる人間の育成を目指している。
川崎市立川崎総合科学高等学校 ホームページ
(取材日 2026年2月27日)
取材・文/佐藤季子 写真/矢部ひとみ