「アートコミュニティ」という言葉を耳にしたことがある方は、どのくらいいるでしょうか?
川崎市内の各地で活動するプロジェクト「こと!こと?かわさき」は、アートコミュニティを育むことを目的として2024年4月からスタートしました。
川崎市内のアート(文化芸術)を介して、人と人を、さらには人と場所と、人と“モノ”をつなぐ。それらの間に『こと』を生み出し、人々がつながりあう「アートコミュニティ」を育むプロジェクトとのこと。
そのアートコミュニティ形成のために、「こと!こと?かわさき」では具体的にどのような取組を行なっているのでしょうか?プロジェクトマネージャーを務める、近藤乃梨子さんと玉置真さんにお話を伺いました。
左:近藤さん、右:玉置さん
アートコミュニケーションで、“顔が見える”つながりを形成する
ーー「こと!こと?かわさき」はアートコミュニティを育むプロジェクトとのこと。どのような取組を行なっているのですか?
近藤乃梨子(以下、近藤)さん:
「こと!こと?かわさき」は「アートコミュニティ」を育むプロジェクトではありますが、「アート」の面にばかり囚われず、“つながり”を作っていくことが大きな目的です。
もちろん「アート」と銘打って活動していることに違いはないのですが、いわゆる「アートプロジェクト」よりも、社会をほんの少しでも良くしていく取組をしている、というイメージの方が近いですね。
家族や職場、ご近所さんなど“顔が見える”つながりは依然として存在してはいるものの、だんだんと弱くなってきていると思うんです。
それでも人は誰かとつながってないと生きるのが難しいので、各々が興味のあるテーマを介してつながる、新しいかたちのコミュニティ形成を目指す。私たち東京藝術大学のスタッフと、川崎市の職員と、「ことラー」の皆さんと三位一体となって取り組んでいるプロジェクトです。
ーー「ことラー」とは一体何でしょう?
近藤さん:
このプロジェクトに参加する方たちです。活動は1年ごとに更新して、任期は最長3年間。実は、今年4月に第1期のメンバー40名でスタートしたばかりなんです。活動は川崎市内で行いますが、市外に住んでいる方もいます。
玉置真(以下、玉置)さん:
ことラーは、3年間でコミュニティを作っていくための種を育んだ後、それぞれの場所での活動を通してさらにつながりを広めてほしいと考えています。
それこそが、まちのセーフティーネットになり「こと!こと?かわさき」の目指す「対話のある社会」、「多様性が尊重される社会」、「孤立しない社会」の実現につながっていくのだと思います。
コミュニケーションの基礎を学び、実践を重ねる。自主性を重んじる「ことラボ」とは?
ーー3年間では、具体的にどのような活動をするのですか?
玉置さん:
ことラーは、まず最初の3ヶ月間で6回の基礎講座を受講し、その後に実践的な講座に移ります。学びと実践のサイクルを繰り返す中で、他人とつながることや、「そもそもコミュニケーションとは何なのか?」ということを学んでいきます。
基礎講座では、コミュニケーションの基礎となる「きく力」や「みる」ことについての理解を深めたり、良い会議の在り方についてレクチャーやワークショップを通して学んだりしています。
ーーなぜ「きく力」を改めて学ぶのでしょうか?
玉置さん:
コミュニケーションというと「話す力」が重視されることが多いと思うのですが、実は「きく力」も同じくらい大切なんです。聞く人がいないと、独り言になってしまいますからね。
アートコミュニティというと、どうしても「アート」が先行しやすいのですが、繰り返しお伝えすると、「こと!こと?かわさき」においては“つながり”を形成するための「コミュニケーション」の方が意味合いとしては大きいんです。
「みる力」については、アートを“鑑賞する”だけに限らず対話においても大切なスキルであるため、改めて取り上げています。
近藤さん:
一口に「対話」や「コミュニケーション」といっても、必要となるスキルはきく・話す・みるなどさまざまです。なので私たちは、一つ一つ細かく分解して講座で共有しています。
また、基礎講座を終えた7月からは、ことラー間での自発的な取組である「ことラボ」も始まる予定です。
ーー「ことラボ」では何を学ぶのですか?
近藤さん:
ことラー自身の興味・関心ごとに近いテーマや、社会的な課題かもしれない…と考えていることなど基本的に何でもOKです。新しい活動のアイデアがひらめいたら、「この指とまれ!」でほかのことラーを集めて、3人以上のチームを作ります。
玉置さん:
例えば基礎講座で「みる力」を、実践講座で「美術館での作品鑑賞」をテーマに学んだ後に、「アート作品に限らず、全く別のものを一緒にみんなで見たら面白そうだよね」という声が上がってラボが立ち上がる……みたいな流れを想定しています。
近藤さん:
具体的な活動はこれからではありますが、あくまでもことラーそれぞれが興味を持てるフィールドで、かつ「少しだけ背伸びしたら実現する」くらいの持続可能な取組が生まれてくるといいなと考えていますね。
もちろん私たちも伴走しますが、「ことラボ」を立ち上げること自体に関しては、ことラーたちに託しているのです。
ーーことラーたちの自主性を重んじているのですね。
近藤さん:
そうですね。今はようやくことラーたちが安心して活動できる“土壌”をみんなで耕した段階なので、そこでどんなアイデアが生まれて美味しい“野菜”が育つのかな? と楽しみにしています。
ただ、「ことラボ」は必ずしも目的が達成できなくてもいいとは考えていますし、途中で解散することもOKとしています。周囲にアイデアを提案すること自体がすばらしいことですし、それに対して「いい考えだね」と賛同してくれる人との関係性が育めたら、それはそれで意義があると私たちは考えています。
「川崎にことラーがいてよかった」と言ってもらえる未来を実現したい
ーーもともとお二人は、このようなアート関連の活動を行っていたのですか?
近藤さん:
私は川崎市多摩区に住んでいるのですが、最初は東京都美術館と東京芸術大学による「とびらプロジェクト」にアートコミュニケーターとして携わっていたんです。
そこで、今まさに「こと!こと?かわさき」でも行っているような「対話型鑑賞※」の実践について学び、さらに別のNPO法人では教育機関と連携して、小学校に出張授業する事業のコーディネートなども行っていました。(※複数人で対話をしながら美術作品を鑑賞する手法のこと)
ですが、コロナ渦で仕事が白紙になってしまったのをきっかけに「自分が住む地域でも活動したい」と気付いたんです。これまでの活動は全て東京都内や他県で、私が住んでいる多摩区からは少し離れていましたから。
そうして2020年に5人のメンバーで結成したのが、“ご近所アートコレクティブ”の「TAMA VOICES」。多摩区を中心に、誰もが参加できるアートプロジェクト活動を始めました。
ーーそこでの活動を契機に川崎市での活動を始め、現在につながるということですね。
近藤さん:
はい。「こと!こと?かわさき」がスタートする以前も、「アート・フォー・オール※」のモデル事業としてイベント運営にも携わっていました。(※「誰もが文化芸術に触れ、参加できる環境」の実現を目指す川崎市の取組。詳細は https://kawasaki-city.art/about/ をご覧ください。 )
もちろん参加者の方にとって良い成果は残せたと考えているのですが、やっぱりイベントは一過性のもので持続しないんですよね。
そう考えていた時に、ちょうど100周年にちなんでこのプロジェクトを始めるとの話を聞いたので、「未来に残るものをつくりたい」と携わることにしました。
ーー玉置さんは、どのようなキャリアを経て、現在の活動に至ったのでしょう?
玉置さん:
僕は26歳くらいの頃から、木工職人として活動しました。でも当時、仕事に対して少し物足りなさを覚えていて。ワークショップやボランティア活動でアーティストに出会う中で、だんだんと「アートには可能性がある」と感じ始めたんです。
そうして「アートをもっと社会の中で活用させていきたい」と考えるに至り、思い切って職人を辞めてしまいました。
それからは合同会社を設立して、アーティストとともに企画したワークショップなどを開催していましたね。そんな背景があって、今は「こと!こと?かわさき」で僕はまちの資源を使って活動をしていますが、当初からずっと考えていた「アート(文化芸術資源)を用いて、社会の中で何かしたい」という思いとはすごく共通していると思います。
ーーちなみに玉置さんも、近藤さんと同様に川崎市在住でいらっしゃるのですか?
玉置さん:
実は僕は、埼玉県の所沢市に住んでいるんですよ。川崎市がアートに対して積極的に取り組んでいるのを見て、正直うらやましいなと感じていました(笑)。
また、川崎はストリートカルチャーも発展していたりと、東京と横浜に挟まれて独自の文化を築いている印象があるんですよね。なので個人的には、これまで文化・芸術のイメージがあまり浸透していなかったものにも注目していきたいなとも思います。
それと、医療福祉が特別視されないまちを目指していきたいですね。目や耳が不自由な方のためのケアはもちろん必要ですが、過度に配慮するのではなくて、自然とコミュニケーションの中で行われていくのが理想だと思っているんです。
できないことに目を向けるのではなくて、各々ができることを尊重して一緒に何か新しいものを生み出せたらいいですよね。いま一緒に活動するなかでも、ことラーたちの熱量をすごく感じていて。このエネルギーさえあれば、川崎のなかで何か変化が起きてくるんじゃないかなという期待があります。
ーーすばらしいです。近藤さんは今後「こと!こと?かわさき」で実現したいことはありますか?
近藤さん:
福祉もそうですが、個人的にはアートの領域も“壁”がある気がするので、それを少しでも取っ払えたらいいなと思っています。
例えば美術館に行くとなると、どうしてもハードルを感じてしまう方も多いと思うんですよね。非日常感のワクワクも大切ではありますが、もっと生活の中に自然に溶け込んでいけたらいいなと考えています。
「表現したい」という思いは人間の根本的な欲求だと思うので、それを誰もが自然に行えることが、まさに「アート・フォー・オール」の目指すべきところです。
ことラーが各地で活躍して、そうした思いを持つ方々と伴走できる世界が実現できたらいいなと思いますし、「川崎にことラーがいてくれてよかった」と言ってくださる方が増えたらいいですね。
ただ、ことラーに対しても、「こと!こと?かわさき」の活動内容においても、絶対的な正解はないと思っています。例えば福祉や医療施設との連携に関しても「ことラーの皆さんと一緒につくっていく」意識で、あくまでもそのプロセスに重きを置きながら取り組んでいきたいと考えています。
2019年豪雨で浸水被害にあった「川崎市市民ミュージアム」を新たにつくっていくことが計画されていますが、それが完成したとき、アートコミュニケーションが広がった川崎のまちはどんな姿になっているだろう、と期待もしています。
アートに触れたり文化的な体験ができる場所があるのは大切ですが、それ以前に、ミュージアムが歓迎されるような機運というか、市民に受け入れられる土壌があることがすごく重要だと思っているんですね。
まさにそれを実現していけるのが「こと!こと?かわさき」のプロジェクトだと思います。アートを通じた人の対話やつながりを創ることラーたちの活動を通じて、まちがどのように変化していくか。そんなまちや市民と一緒に、新しいミュージアムはどんな再スタートを切るのか。今からとても楽しみです。
(取材日 2024年6月25日)
取材・文/柴田捺美 写真/田村倫子ほか
<プロフィール>
近藤乃梨子
2015年よりNPO法人芸術資源開発機構(ARDA)のコーディネーターとして、市民ボランティアと協働し、学校での美術鑑賞授業や高齢者施設へのアウトリーチ活動などのプロジェクトを運営。2020年に川崎市多摩区でご近所アートコレクティブ「TAMA VOICES」を結成し、アートの地産地消をモットーに活動中。一般社団法人アプリシエイトアプローチ代表理事。2023年より現職。
玉置 真
2012年よりアーツ千代田3331のインストーラー、コーディネーターとして、アーティストと共にいくつもの展覧会の制作やプロジェクトを運営。2019年4月にアーティストの視点や考え方に直接触れることで日常の中に新たな価値が生まれる可能性を感じ、合同会社玉置プロダクションを設立。アーティストのワークショップやコミュニケーションを育むイベントなどを企画、運営。合同会社玉置プロダクション代表。2023年5月より現職。
「こと!こと?かわさき」の活動詳細はこちらからご覧いただけます。
https://kotokoto-kawasaki.com/