17歳から絵を描き始めてわずか2年後、ニューヨークで個展を開催。さらに「LeSportsac」、「GODIVA」、「THE BODYSHOP」など世界的に有名なブランドとのコラボレーション商品を次々に発売。そして香港での巨大インストレーションなど、今注目を集めるアーティスト・GAKUさん。
3歳の時に自閉症と診断され、アメリカに9年間滞在。23歳となった現在は、川崎市・高津区にあるアトリエとギャラリー「byGAKU」を拠点に活動を行っています。
アーティスト活動歴は約6年と思えないほどの輝かしい功績と、唯一無二の色彩センスが光るアート作品の数々……。
GAKUさんの創作活動を支えている一人が、父親であり株式会社アイムの代表・佐藤典雅さんです。
「GAKUにとって、絵を描くことは一番の表現方法であり、社会との繋がりを感じられること」と語る佐藤さん。GAKUさんのアーティスト活動にかける思いと、川崎市・高津区を拠点に選んだ理由について伺いました。
岡本太郎の絵を見て、静止する息子に衝撃…「今では年間200枚以上描きます」
ーーGAKUさんが絵を描き始めたのは、17歳の頃だったそうですね。何かきっかけがあったのですか?
佐藤典雅(以下、佐藤)さん:
当時GAKUが通っていた学校の遠足で、多摩区にある「岡本太郎美術館」に行ったのがきっかけです。
とある作品を目にして、GAKUの足がピタッと止まったんですよ。そのまま5分間くらいその場に留まっていたのですが、これは我々にとってすごく衝撃的な光景でした。
彼は自閉症と多動症を持っているため常にウロウロと動き回っていて、一箇所に止まることなんてほとんどないんです。
恐らく、岡本太郎の作品から何かを感じ取ったのでしょう。翌日教室にくるなり、彼は「GAKU、Paint!(描く)」と言ってトレーシングペーパーにひたすら絵を描き始めたんです。
正直、最初は「1週間くらいで飽きるだろう」と思っていました。でも彼の絵への情熱は冷めることがなく……そのまま6年弱が経過して今に至ります。
ーーアトリエには、数え切れないほどの作品が保管してありますね。年間およそ何点ほど制作されるのですか?
佐藤さん:
今は年間200点ほどです。このアトリエと保管場所以外にも、別棟のギャラリーにも展示しています。
定期的に個展も開催していて、今年1月には「二子玉川ライズ スタジオ & ホール」で120点の原画を展示しました。440平方メートルほどの広さがあるので、主催者から「本当に1人の作家で会場を埋められますか?」と心配されたのですが、むしろ空間面積が足りないくらい。4000人以上の方にお越しいただき、大成功に終わりました。
ここ1〜2年は「LeSportsac」や「DIANA」など企業とのコラボレーションも多く実現しました。GAKUの作品がバッグ、ポーチ、サンダルなどに展開されていきました。
その他にも、チョコレートブランドの「GODIVA」から、「THE BODYSHOP」の商品、さらにはカプセルトイ会社とガチャガチャの商品まで作りましたね。
ーー23歳で世界的なブランドとのコラボを実現するとは、素晴らしいです。さまざまなモチーフで絵を描いていますが、何からインスピレーションを受けることが多いのでしょうか?
佐藤さん:
何のモチーフをどんな色で描くのかは、本人の気分次第なんですよ。ドットや図形をモチーフにしたビビッドな色使いの抽象画から、ゾウやサルを描いたかわいらしいものまで、本当にさまざまです。
でも最初の頃は、少し暗い色を使うことが多かったかな。動物をモチーフに描き始めたのは、確か18歳くらいの時でした。
GAKUの絵を購入してくださる方は、「一目見て心を揺さぶられた」と言ってくださる方が多い印象ですね。
“自閉症アーティスト”と名乗っていますが、「自閉症なのに絵が描けてすごいね」と特別扱いされたり、それを理由に作品を評価していただくのは違うと思っています。作品の実力そのもので評価されていってこそ、本当のインクルージョンだと思っています。
自閉症のような障害はその子の生まれ持った“特性”です。でも特性を発揮できる環境さえあれば、アーティストとして光り輝く“個性”に転換されると思っています。そして何よりもGAKUのハッピーなパワーに惹かれて、GAKUの絵を気に入ってくださるのはとても嬉しいですね。
高津とブルックリンの意外な共通点?
ーー高津にあるギャラリー「byGAKU」は、2021年秋頃にオープンされたとのこと。なぜこの場所を選んだのでしょうか?
佐藤さん:
一番の理由は、GAKUにとって住みやすい環境だったからです。
私は高津の「アイム放課後デイ」をはじめとした複数の福祉施設を運営しています。でもそれとは別でGAKUのアート活動を単独の事業として継続していくことは大事なことです。
GAKUの作品からくる売り上げは、彼がアーティストとして活動するための資金となります。なので彼個人の貯金のためではなく、彼が好きな活動を事業として継続していくためのキャッシュフローが大切です。
いずれにせよ、福祉事業者としてだけでなく、自閉症の子を持つ親として、そしてアーティスト活動を支える側としての3つの視点から見たとき、高津という土地は最適解だと考えたんです。
あとは、高津ってニューヨークのブルックリン区に似ているなと感じたのもあるかもしれません。
ーー高津とブルックリン……どのようなところが似ていると感じたのですか?
佐藤さん:
ストリート系のダンサーが多かったり、ヒップホップの文化が盛んなところですかね。
GAKUが19歳の時の個展のためにブルックリンを訪ねた際、“世間体に縛られていない若者のエネルギー”をひしひしと感じました。それとマンハッタンから川を挟んでいる、という土地柄も、高津と似ていますよね。現在は高津を拠点に活動していますが、それに似た強いエネルギーや、少しインディーズでとんがった雰囲気があると思っています。
目標は、高津に“GAKU一色”のビルを作ること
ーー確かに、高津の活気溢れる雰囲気は、 GAKUさんの作品がもたらすそれと近いものを感じます。
佐藤さん:
そうですね。これからは、もっと多くの方にGAKUのことを知っていただきたいですね。それと、高津の名物となるようなビルをいつか建てたいと考えているんです。
黄色の外壁に、1階にはGAKUが好きなパスタとカレーのレストランを招致して……2階にギャラリー、3階にアトリエと倉庫、そして4階に福祉施設を作るんです。高津の観光名所になって、町おこしに貢献するのが目標です。
ーーGAKUさん一色の、まったく新しいかたちのアート施設ですね。
佐藤さん:
GAKUの作品は、そういう新しい「場」でこそ輝くと思っています。アーティスト活動を始めた当初から、“どこかのギャラリーに絵を納品して終わり”というのは違うなと考えていたんですよね。
いろいろな企業とコラボレーションして商品を販売したのも、そういう背景があったからです。まさに今も、絵画を立体のオブジェに落とし込むことはできないかと、新たな表現方法を探っている最中なんですよ。
ーーすばらしいです。既存の枠にとらわれない新たな作品を生み出し続けているのですね。
佐藤さん:
はい。うまく言葉を話すことができないGAKUにとって、「絵」は感情を伝える一番の方法でもあり「社会との架け橋」でもあるんです。
実は彼、すごくおしゃべりなんですよ。他人と交流したい、社会とつながりを持ちたいという思いは以前からもあったけど、ただ単にアウトプットの方法が分からなかっただけなんですよね。
絵を描き始めてようやくその方法を見つけられたことは、彼にとっても自身にも繋がったし、生きていく上での希望につながったと思っています。
(取材日 2024年5月14日)
取材・文/柴田捺美 写真/松山佐保
<プロフィール>
佐藤 典雅
株式会社アイム代表。BSジャパン、ヤフージャパン、東京ガールズコレクション、キットソンのプロデューサーを経て、自閉症である息子のために福祉事業に参入。川崎市で発達障害の児童たちの生涯のインフラ構築をテーマに活動している。神奈川ふくしサービス大賞を4年連続で受賞。著書に『療育なんかいらない!』(小学館)がある。息子であるGAKUは国際的なアーティスト活動が注目され、数多くのメディアで取り上げられている。
◼️『byGAKU公式ブログ』http://bygaku.livedoor.blog/