今、川崎市内に特別なラッピングが施された“大きなロッカー”があるのをご存じでしょうか? 武蔵小杉駅や川崎駅など…合計15か所にかわいらしいイラストが描かれたものが設置されています。
実はこちら、「かわさき脱炭素プロジェクト」の一環として富士通株式会社(以下、「富士通」)の社員たちがデザインしたオープン型宅配便ロッカー 。正式名称は「オープン型宅配便ロッカー PUDOステーション」(以下、「PUDOステーション」)といい、Packcity Japan株式会社が運営しています。このPUDOステーションにて荷物の受け取り・発送が可能で、複数の宅配業者に対応。駅やスーパーなどの人通りが多い場所に設置されており非常に便利ですが、PUDOステーションの存在や使い方を知らない方がまだ多くいるということが課題の一つとして挙げられていました。
「脱炭素への一歩として私たちに何ができるかを考えた時、『再配達を減らすために、もっと多くの方々に宅配便ロッカーを活用してもらおう』と考えました」
そう話すのは、このプロジェクトに携わった「富士通デザインセンター」所属の4名。なぜ彼女たちがオリジナルラッピングを制作することになったのでしょうか。その経緯とともに、制作秘話や彼女たちの思いについて伺いました。
富士通株式会社 デザインセンター フロントデザイン部 所属 デザイナー
※左から順に 田中友美乃さん、岡部萌子さん、伊賀上詩織さん、小室理沙さん
「富士通デザインセンター」とは?
ーー皆さんは「富士通デザインセンター」に所属されているとのこと。どのような役割を担っている部門なのでしょうか?
小室理沙(以下、小室)さん:
一言で申し上げると、デザインで社会課題を解決する組織です。現在は約200人のデザイナーが所属しています。
元々は富士通のソフトウェアサービスのUX/UI、パソコンや携帯電話などをデザインしていた部門でした。現在のようにサービスデザインという領域でのビジネスがスタートしたのは2010年頃から。お客さまとの共創を大切にし始めたのが、一つのきっかけです。
ーー中でも皆さんは、どのような業務を主に担当されているのでしょう。
小室さん:
私たちのチームは、お客さまの課題を解決するために、お客さまと一緒に企画を考えたり、アイデアを生み出すためのワークショップを行ったりしています。そうして生まれたアイデアを具現化して、かたちにするのも私たちの仕事です。
ーー皆さんは、ずっと今のお仕事を担当されているのでしょうか?
伊賀上詩織(以下、伊賀上)さん:
私は1年半くらい前に中途入社しました。前職ではサービスデザインとグラフィックデザインを担当していたのですが、当時から「テクノロジーに強い企業で働きたい」と考えていたのと、自治体や公共サービスに関わる仕事にも興味があったので、富士通を選びました。
小室さん:
私も前職は全く別の業界にいて、楽器のプロダクトデザインをしていました。転職したのは、デザインでの社会課題解決と、サービスデザインに関心があったからです。
ーー伊賀上さんと小室さんは中途入社なのですね。
岡部萌子(以下、岡部)さん:
私と田中さんは、新卒入社です。現在は主に流通リテールに関連した業務を担当しているのですが、少し前までは別サービスのUX・UIデザインなどを担当していました。
田中友美乃(以下、田中)さん:
私は元々デザイナーではなくて、富士通に新卒入社してから約4年間は営業の仕事をしていたんです。
当時は、行政機関や公立図書館など向けの領域を担当していました。現在は岡部さんと一緒のチームに所属していますが、私は主にパブリックやヘルスケアに関連したサービスデザインを担当しています。
「脱炭素」をテーマに始動。意見交換を重ねてアイデアが具現化
ーー荷物の受け取り・発送に利用されるPUDOステーション。皆さんは、「かわさき脱炭素プロジェクト」の一環としてそのラッピングデザインに取り組んだとのことですが、まずはその経緯について教えてください。
小室さん:
川崎市と富士通は、持続可能なまちづくりを目指して包括提携を結んでおり、環境アプリや市民の声の収集など、様々なテーマで共創プロジェクトを推進してきました。そんな中、富士通の担当チームから「“脱炭素”をテーマに新しい取り組みをしたい」という相談を頂きまして。それをきっかけに、2023年10月頃から川崎市・ヤマト運輸株式会社・Packcity Japan株式会社とのワークショップやディスカッションを重ねました。
すると、次第に「PUDOステーションの利用率が高まれば、再配達が減り、脱炭素につながるのではないか」という仮説が生まれたんです。PUDOステーションの利用率を高める方法を話し合う中で、「PUDOステーションをラッピングして、もっと多くの人の目に止まるようにする」というアイデアで決まりました。
私はディレクション担当として初期の企画構想段階から参加していましたが、ほかの3名は後から参加してもらいましたよね。
伊賀上さん:
たしか、23年末くらいでしたよね。「PUDOステーションのラッピングをしよう」というアイデアに決まった頃に、声を掛けてもらって。どんなラッピングにするか、デザイン担当者として具体的に案を詰めていきました。
ーーどのような過程で、デザインを制作されたのでしょうか。
岡部さん:
まずは「どんなデザインがあったら市民の皆さんが見てくれるのか?」と、チーム内外からアイデアを頂戴しつつ、とにかくたくさんパターンを出してみました。
その際に考えていたのが、「誰に向けたデザインなのか」ということと、「どの程度の情報量を詰め込むか」ということ。2つの軸を設けて、デザイン案を当てはめていったんです。
社会全体に向けたメッセージを伝えるのか、個人の行動を促すような、より具体的なメッセージを伝えるのか。情報量については、立ち止まって読まないと見えないくらい多いものと、とにかく分かりやすくパッと目を引くもので分けて考えていました。
少しずつデザイン案をブラッシュアップして、最終的に6種類に絞っていきましたが、次に「どこのPUDOステーションにどのデザインを採用するか」を考えていく必要があります。
今回は市内15ヶ所が対象だったのですが、人通りの多さや年齢層などステーションごとに特徴も異なるため、それぞれにあったデザインをメンバー間で相談しながら考えていきました。
田中さん:
デザインのバリエーションも豊富で、かつラッピングデザインで市民の方の環境意識や行動変容を促すという実験的な要素もあるプロジェクトだったので、どんなデザインが良いのか社内で何度も話し合いの場を設けましたよね。
小室さん:
そうですね。今回は川崎市さんと弊社だけでなく、ヤマト運輸さん、そしてPUDOの運用・管理元であるPackcity Japanさんの4者が一緒になって作り上げるプロジェクトでしたので、みなさんからもたくさんフィードバックを頂きました。
異なる視点から生まれるさまざまなアイデアをデザインに落とし込むのは、難しくもありましたが楽しい時間でした。
試行錯誤を重ねた、デザイン制作秘話
ーーここからは、実際にお三方が手掛けたデザインの制作の裏側について、詳しく伺います。まずは鮮やかなオレンジ色とゾウのイラストが印象的な、こちらのデザインについてお聞かせください。
伊賀上さん:
再配達をゼロにしたらどのくらいのCO2を削減できるかということを、インフォグラフィックで伝えることを起点に考えたデザインです。
でも、グラフを用いた初期のデザインは思いのほか内容が細かくなり、前を通りかかった方にパッと理解していただきにくいデザインになってしまったんです。
すごく悩んで、小室さんにもたくさんアドバイスを頂いて……様々なモチーフを試した後、パッと目に入る「CO2の削減量をゾウの体重で表すデザイン」に方向転換しました。川崎市の再配達件数がゼロになると、1年間で約6トンのCO2が削減できる計算になるのですが、この数字はアフリカゾウの重さとほぼ同じなんです。
ーー制作途中で大幅な変更があったのですね…! 人物以外が主なモチーフになっているデザインはもう一つありますが、こちらはいかがでしょうか?
ラゾーナ川崎プラザに設置
岡部さん:
こちらは当初人物のイラストで考えていたのですが、「かわいいキャラクターにしたら、もっとキャッチーな印象になって多くの方に楽しんでもらえるかも」と思って、5つのキャラクターで表現してみようと思いました。
ただ、イラストと文字だけで見せるとかなり情報量が多くなってしまって。途中でほかのメンバーから挙がった「4コマ漫画とかでしっかり読ませる内容にした方がいいのでは?」という意見を取り入れて、このようなデザインに仕上げました。
ーー小さいお子さんの興味も引くような、かわいらしいデザインです。もう一つ、絵とストーリー性が印象的なデザインがありますがこちらはどなたが担当されたものでしょうか?
田中さん:
このデザインは私が担当しました。プロジェクトが最終的に目指しているゴールや、私たちメンバーが大切にしていることを見てくださる方々にもお伝えした上で、「そこに向けて一緒に取り組んでいきませんか?」と問いかけるような要素を入れています。プロジェクトコアメンバーに想いを聞く時間をつくり、そこでの語りからグラフィックを通じて伝えたいことを紡いでいきました。
左下のスペースから右上に流れるように、見てくださる方の視線をうまく誘導するように大きな矢印を入れてみたり、ストーリーを分かりやすくお伝えするよう、工夫しました。
右上には「みんなでつくろう!人も環境も健やかな川崎の未来」というメッセージを入れたのですが、市民の皆さんと力を合わせて目標に向かっていく、ストーリー性も取り入れたデザインにしています。
ーー見る人の視線を誘導するべく、イラストや文字の配置も工夫されているのですね。
岡部さん:
実は、メンバー間でアイデアを出し合っていたら、PUDOステーションの使い方を知らない人が多くて。最初の利用時のハードルが高いことが分かりました。なので、まずは「PUDO」のロゴや利用方法について記載がある部分を最初に見ていただく必要があって。そこを起点として、次にどこに視線がいくのかと考えました。
また、実際にPUDOステーションを利用する際はまずタッチパネルを操作するので、デザインの要素の中で一番伝えたいメッセージは、そのすぐ隣に配置したり。配置などに関して特に共通のルールは設けてはいなかったのですが、情報量の多いデザインは特に工夫しましたね。
小室さん:
ラッピングするPUDOステーションはサイズが数種類あったので、岡部さん、田中さん、伊賀上さんに、それぞれのサイズに合わせたデザインを考えてもらいました。伝えたいメッセージを取捨選択したり効果的な配置を考えたり、試行錯誤を経て完成しました。
ーーサイズの種類もそうですが、印刷面が非常に大きいのでその点も難しそうです。
田中さん:
そうですね。初めて実寸大で見た時にPCの画面で見た時の印象と少し異なるところもあったのも、すごく大変でした。遠くから見ると、まず最初に目に飛び込んでくる場所が想定と異なってしまって。試作をしてはデザインを修正して……というのを何度か繰り返しました。
でも、日頃から多くの方々に見て・触っていただけるものを作るのはすごく刺激的でした。まちの人と深く関わり合えたのも、個人的には印象に残っています。
「一人ひとりの行動変容を促す」と言うと、キーワードとしてはちょっと規模が大きいかもしれません。でも、私たちがまちの中に作った“仕掛け”が、皆さんの行動を促すきっかけになり得るのだと、今回のプロジェクトを通して気付くことができました。
ーー今回のプロジェクトを経て、新たな気づきがあったのですね。ほかの皆さんはいかがでしたか?
岡部さん:
私たちが手掛けたデザインをきっかけにPUDOステーションを知ってくださる方もいらっしゃったようで、すごく嬉しく思いましたね。
私は川崎市内に住んでいるので、実は「デザインを担当したものが、足を運びやすい距離にあったら嬉しい」と希望を出して、叶えてもらったんです。自分がデザインを手掛けたPUDOステーションの前を通る度に、嬉しい気持ちになります。
伊賀上さん:
みんなで作ったデザインを、どこの設置場所が最も合うかどうか、話し合う時間も楽しかったですよね。
川崎市役所など人が多く集まる場所は、情報量が多いデザインのものを設置して。反対に、通行人よりも車の往来の方が多い場所は一目でパッと目立つものを設置して……。設置が完了した後にみんなで現地へ見に行ったのですが、「各場所の雰囲気とデザインが合っているね」と。満足できる結果になって、良かったなと思います。
小室さん:
ラッピングデザインをしたことで、PUDOステーションは好きな時に配達を受取れるだけでなく、環境課題解決につながる手段であるということをまちの人に気づいていただけただけでも、このプロジェクトとしては成功だと考えています。
今回の実証は一旦終了していますが、今後も脱炭素に向けて川崎市さんとの取り組みを進めていきたいなと、弊社としては考えています。
ーー楽しみです。他にも、今後川崎市と一緒に取り組みたいことはありますか? 皆さん個人の所感でも構いませんので、お教えください。
田中さん:
「私自身が関わっているパブリック・ヘルスケア領域のサービスデザインのプロセスを、もっと開かれたものにしてみたい」という想いがあります。企業だけでなく行政やまちに住んだり関わる人々……そうした多様な人々の関わり合いから、まちの中の仕組みを生みだしていけたらと思っています。
また、私自身は可視化のチカラをつかった場づくりをしているので、様々な声や想いが大切にされる参加型のプロセスづくりができたらと思っています。
岡部さん:
川崎市さんは市民を巻き込む力、そしてそれを実証実験としてアクションに繋げるパワーがすごいですよね。
今回は市民の行動を促すためにメッセージを投げ掛けるかたちでしたが、別の実証実験『マチカドプロジェクト』(※)では市民参加型で、その影響力は大きかったと伺っています。なので、今後ももっと市民を巻き込むかたちのプロジェクトを実施できたらと思いますし、その中でどのようにデザインの力が生かせるのか、いろんな方法を試していきたいです。
(※)武蔵小杉駅周辺にタッチパネル型デジタルサイネージを設置し、まちについての市民の声を集める取組。詳しくはこちらから。
伊賀上さん:
川崎市は全国的に見てもかなり大きなまちなので、何か新たな成功事例が生まれたら、日本全体にとってもすごくいいモデルになりますよね。
個人的に「こうなったらいいな」と思っているのは、赤ちゃんから10代・20代の若者、高齢者まで色んな方々が交わる場が生まれること。とくに都市部では、なかなか世代の異なる地域の方と接する機会がないのが現状だと思うんです。
あくまでも理想ですが、まちの人々が関わりあう機会と場を、市民の方と一緒に作れたらと思っています。
小室さん:
そうですね。川崎市は(全国的に見て)平均年齢が若いのが特徴の一つとして挙げられるので、そこをもっとフォーカスした取り組みができるのではないかと考えています。ぜひ今後も川崎市さん、そしてまちの皆さんと何かご一緒できたら嬉しいです。
(取材日 2024年11月25日)
取材・文/柴田捺美 写真/矢部ひとみ ※一部は提供写真